← マップ

ダンシング・ハウス

ダンシング・ハウス

この言語の音声解説はまだご利用いただけません。

ジンジャーとフレッド

フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースを記念して、プラハの近代建築がオリジナルの建物に繊細にはめ込まれている。

ジンジャー&フレッドとも呼ばれるダンシング・ハウスは、ジラーセク橋のヴルタヴァ川右岸にある最も注目すべき近代建築である。建物の名前は、有名なダンサー、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースをイメージしている。世界のトップ建築家フランク・ゲーリーとヴラド・ミルニッチが、ビロード革命後にプラハで建設した最初の建築物である。オフィスの内装デザインの一部は、チェコ出身のイギリス人建築家エヴァ・ジシュナーに任された。

当時はまさに大胆な建築であり、伝統的な都市環境に近代建築を持ち込むとともに、プラハの建築に関する激しい世論を巻き起こした。こうした嵐のような議論や、「ダンシング・ハウス」に対する否定的な態度にもかかわらず、「タイム」誌の投票によるデザイン賞をはじめ、国内外で数々の賞を受賞した。現在、この建物にはオフィス、展示スペース、カフェ、豪華なレストランが入っている。

構造は鉄筋コンクリートスラブを基本とし、99枚のオリジナル・ファサード・パネルで構成されている。

興味深いことに、ダンシング・ハウスの敷地にはもともとアパートが建っていたが、1945年のプラハ空爆でアメリカ軍の爆撃により破壊された。1990年代、ヴラド・ミルニッチとヴァーツラフ・ハヴェルとの協力のもと、このスペースに建物を建てるというアイデアが生まれた。ミルニッチはまず建築家ジャン・ヌーヴェル(後にズラティ・アンディエルを建設)に打診したが、断られた。フランク・ゲーリーは、「アメリカにヤロミール・ヤグルを与えた国のためなら、何でもする」と言った。建設の出資者はNationale Nederlanden(現在のING)だった。

2013年、プラハの不動産管理会社(Pražská správa nemovitostí)がこのビルを1300万ドル以上で購入した。